激動の半年を終えて。近況報告といなフリの反省

こんにちは、おのたくです。

2018年も折り返しに差し掛かりましたね。みなさんにとって、上半期はどんな6ヶ月間でしたか?

 

僕にとって、この半年は正直とても苦しいものでした。

 

余裕なんてこれっぽっちもありません。

ひたすら自分自身と向き合い、反省し、学び、試行錯誤する日々。情けないことに悔し涙を流すことも少なくありませんでした。

しかし同時に、たくさんの人に出会い、鍛えられ、支えられた半年間でもありました。

 

この半年で僕はなにを学び、どう成長したのか。

そして、これからどう生きるのか。

 

本稿では、ひとつの節目としてこの半年間を振り返ります。

僕はこの半年をありふれた美談なんかにしたくはありません。今の胸のうちをありのまま吐き出そうと思います。

どうか少しだけお付き合いください。

「いなフリ」にて講師・メンターを務めた

この半年でもっとも大きな出来ごと。

それは、『田舎フリーランス養成講座(通称:いなフリ)』にて講師とメンターを務めたことに他なりません。

 

一ヶ月間にわたるこの講座では、クラウドソーシングの活用とWEBライティングの講師を務めさせていただきました。

講師だけでなく、「メンター」という役わりも担当しました。目標を達成するために進捗を把握し、アドバイスをし、心と体の安定を維持するためにメンターはいます。

 

「そんな大層な役割を、僕みたいなお子ちゃまが請け負っていいのだろうか」

不安を抱えながらも、オファーに対して即決する自分がいました。何を隠そう、いなフリの講師を務めることは、僕にとってのひとつの目標だったのです。

 

そうして、講師・メンターとして参加する初めてのいなフリがやってきました。

僕が卒業してから、ちょうど一年が経過した春のことでした。

数字を追った4月

初めてのいなフリでは、定量的な目標を持った3人をメンターさせてもらうことに。

 

結論から述べると、結果らしい結果を出すことができました。

(もっとも、かなり他の講師の方々の助けあってのことですが)

ふたりは未経験からライティングで10万円以上稼ぎ、もうひとりは地域おこし協力隊として開催地であるいすみ市に残ることに。

この結果は、僕にとっての大きな成功体験になりました。

 

数字の結果以上に嬉しかったのが、いなフリ終了後の彼らの様子です。

メンティーのひとりは、いなフリ後沖縄に飛んでノマドワーカーに。

かと思えば、「集団の中で競争したい」という思いから、フットワーク軽く上京してライターとして就職。

「特にやりたいことがない」と言っていた彼が、今では楽しそうにやっている。その事実が、僕にはとても誇らしく思えました。

 

一ヶ月、僕なりに数字に向き合い続けただけに、たしかな手応えを感じました。

 

しかし、多くの課題も浮き彫りになったのも事実です。

特に、人前で話すプレゼン(講座)スキルは明確に足りていませんでした。

講座中、緊張のあまり頭が真っ白になることもしばしば。この失敗があまりに悔しかったために、夜な夜な公園でプレゼンの練習をするようになりました。

 

数字での結果こそ打ち出すことができたものの、少しばかしの悔しさが残るほろ苦い一ヶ月でした。

一筋縄ではいかなかった6月

講師として参加する二度目の「いなフリ」は、梅雨とともにやってきました。

 

二度目のいなフリでメンティーとして受け持ったのは、前回と同様に定量的な目標を追う3人。

「苦戦するだろうけど、最終的には4月のように上手くいくだろう」

この時の僕は完全に天狗になっていました。人と向き合うことの本当の難しさを、僕はまだ理解していなかったのです。

 

案の定、すぐに出鼻を挫かれることになりました。

6月開催回では、4月とは全く異なるベクトルの問題と向き合うことになったのです。

 

目標がブレる。
作業が捗らない。
考えを言語化できない。

さまざまな問題が次々と明るみになりました。

そのたびに、本質的な悩みはどこなのか、どうすれば解決できるか思考を巡らせる。それらの行程は、まるで暗闇の中で手探りで歩くようでした。

 

なにが彼らにとって最善の答えなのだろうか。

お金を稼げること?好きなことができること?それとも……

結局、一ヶ月のうち講座の無い日でさえも考えることを休めることができませんでした。

 

いなフリメンターは、数字だけを追えば良いわけではない。

コンサルでなくメンターである意味。それを身をもって理解しました。

メンターとしての苦悩

メンターとしての役割は、かなり泥臭いものでした。

 

ぶっちゃけ、ずっと悩んでいました。

今思えば、相当思い詰めていたのでしょう。夢の中でメンティーと面談していたときは、さすがに「しんどいな…」とも思いました。

 

中でも、6月開催回に参加してくれた19歳の男の子とは、お互いにかなり悩み苦しみました。

彼と僕とは同い年です。誕生日もほぼ一緒。大学に行かなかったこと、考える力が少しだけ弱いこと、貯金などの後ろ盾もないこと。

そんな状況が、いなフリに参加したときの「一年前の僕」を想起させます。

 

辞めなければと思いながらも、彼に昔の自分を重ねてしまう自分がいました。

「なんで焦らないなんだろう」
「今は手を動かばいいだけのフェーズなのに」
「向き不向きは関係ないのに」

身勝手にも、そんな風に考えてしまいました。彼にはまず稼いでほしかった。目標を達成してほしかった。

これらの思いはエゴだと自覚しながらも、何が彼にとって最善なのかを考え続けました。

 

ほどなくして彼はライティングを辞めました。

 

最終週、彼は好きな「チャイ」で小商いすることを決めました。

それまでとは違い、彼の表情は明るかった。

何が正解だったのかは、正直なところ今でも分からない。いや、もしかしたら正解なんて有りはしないのかもしれません。

 

それでも、彼が自らの意思で小商いをやると決めたのは心から嬉しかった。そんな彼を僕は応援し続けたいと思います。

 

各々の目標を達成しようとするメンティーに寄り添い、苦悩も失敗も挫折も、そして成長もすぐ側で見ることができる。

そんなメンター業は、僕にとって学び多く、苦しく、そして熱を注げる仕事でした。

 

こびりつくような心身の不調に悩まされる

そんないなフリの裏で、僕はこびりつくような体調不良に悩まされていました。

体に現れる数々のSOSサイン、上手くバランスがとれない心。生活を保とうと努めるものの上手くいかず、日に日に自分がすり減ってゆくような感覚を覚えました。

 

原因はわかっています。

不規則な生活リズムと運動不足。

フリーランスは「場所や時間から解放された、自由な働き方」といえば聞こえは良いかもしれない。けれども、自己選択には相応の責任とリスクが伴います。

 

自分を律することの大切さ。
健康管理も仕事のうちであること。
自分を守れるのは自分だけであること。

頭では分かっていながらも、実際に体と心を壊してからようやくそれらの意味を理解することができました。後悔しています。もっと早くに気づけたはずなのに、と。

 

クライアントワークを生業にする僕にとって、今回体を壊したことはかなり衝撃的な体験となりました。

仕事が滞ることでどれだけの迷惑がかかるのか。キャッシュフローに窮することの精神的な負担。そのどちらも本件で痛いほど分かりました。

 

「体だけは大切にしよう。健康になろう」

これらの言葉をもう何度口にしたか覚えてすらいません。

健康の大切さを体を壊してから気付いては遅いですし、その弊害として失った時間や信頼は取り戻せません。

今の僕には、自らの健康問題に真摯に向き合うことしかできません。

 

激動の半年を終えて。

成長の手応えを強く感じた

この半年で僕の能力は明らかに伸びました。

メンター業であり体調のことであり、常に悩みや苦しさが付きまとっていたので、現状を打開するためにどうすべきか考え続けたのが要因でしょう。

 

中でも、問題と向き合い解決までのプロセスを構築する力はかなり鍛えられました。

これは、いなフリ講師をやっていく中で鍛えられたことは否定しようがありません。夢にまで見るくらい悩んだだけのことはありましたね。

それまでも問題解決の練習はしていたものの、やはり実践の中でトライアンドエラーするのが伸びるスピードも格段に早かったです。

 

また、ここ半年でライティングの能力もグッと伸ばすことに成功しました。

ライティング未経験者に教えるためにと、手なりや感覚でやっていた部分をあらためて言語化したことが功をそうしたのでしょう。

やはり今ある能力をさら伸ばすなら「先生」になるのが最短ルートです。当たり前のことながら、再確認できたのは大きな収穫でした。

やっぱり僕は「教育」に携わりたい

それから、いなフリで講師を経験して「やっぱり教育に携わりたいなー」とあらためて思いました。

というのも、僕は高校を中退していることもあり、学びの場には未練や執念みたいなものが残ってるんですよね。それもかなり根深く。

 

業界を変えたいとか、学びの場を提供することで誰かを救いたいとか全く思いません。

そういうギラギラしてるのは、イケてる教育系ベンチャー社長に任せます。僕は僕自身のために教育に携わりたい。

なぜならそれが心から楽しいと思えるから、また僕の中にいまだに残る未練を解消してあげられる唯一の方法だと考えているからです。

 

この半年で、今後のキャリア選択肢がまた少し開けました。

苦しさも悔しさも全部ひっくるめて糧にしたい

この半年を僕は一生忘れることはないでしょう。

苦しかったですし、最後まで悩み続けました。けれども、その分だけ成長することができました。

 

力不足ゆえに苦しかったことも、
ひどく悩むあまり泣いたことも、
悔しくて眠れなかった夜も。

それら全てを糧にしてゆきます。

 

 

さて来たる7月には、千葉県は金谷にて開催される「いなフリ」に講師およびメンターとして参加させていただきます。

「平成最後の夏」にふさわしい、過去イチバンに熱い「いなフリ」になるよう全力でがんばります!今からワクワクして仕方がありません。

 

十代でいられるのも残り三ヶ月ばかし。

奇をてらわず、おごらず、僕なりにコツコツがんばってみます。

おまけ

あの、もしよければ、僕に牛肉を食べさせていただけないでしょうか…?

 

普段であれば豚肉で妥協するのですが、たまには牛肉を買いたいです。

よろしくお願いしますっ!!

半年間がんばったので牛肉を買いたいっ!! – polca(ポルカ)